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最新記事【2009年03月15日】

うつ病自体を社会科学が捉えた本格的な研究は,まだ蓄積が浅い状況です。一方で,重度のうつ病にもみられるように,自殺願望を抱くような精神疾患に対しては,古くから近代社会科学は,議論を展開していたようです。しかしながら,筆者の能力から,その議論の全てのを体系的にふまえることはできません。したがって,恣意的ではございますが,本稿との関係で示唆に富む古典をピックアップすることにしましょう。

わが国においても知られているのは,フランスの社会学者エミール・デュルケム[1858-1917]の『自殺論』でしょうか。なお,ここで社会学のタームを全て整理してデュルケムの『自殺論』を紹介するには紙幅に限界があります。したがって,噛み砕いて申し上げることにしましょう。

デュルケムが自身の思考活動を展開する時期は,ちょうどフランスが社会的混乱に陥った時期でした。この点は,世界史の教科書でもみて頂ければよくお分かり頂けるとおりです。彼の問題意識は,この崩壊した社会を改善することにありました。そのなかで彼の関心を惹いたのが,まさに自殺という行為だったのです。

自殺という行為を巡るデュルケム独自の着眼点は,この行為が個人の資質,つまり心理学的要因に帰せられるというよりもむしろ,社会的な要因に帰せられるものと考えられる,というところにあります。そうして,この自殺を防ぐためには,「社会集団を十分に強固にして,個人をもっとしっかりと掌握できるようにするとともに,個人自身も集団にむすびつくようにさせること以外に方法はない」『自殺論』(478頁)というのです。

なるほど,と賢くなった気がしますね。では,彼のアプローチでは,うつ病についてはどのような理解が可能なのでしょうか。項を改めましょう。

さて,わが国におけるうつ病の実態を捉えるには,データ上の制約があることについては,前項でお伝えしたとおりです。とりわけ,現在問題とされているうつ病と,一昔前の「うつ病」は,医学体系が異なる物でもありますし,さらに今やうつ病は,その症状に応じて細分化が進む一途にあります。したがって,本項では,比較的近年のデータのみに基づいて,急増するうつ病(予備軍)の歴史的変化を示すこととします。

といっても,明確なデータが存在するわけではありません。ここでは,「精神科」における「相談件数」をもとにして,世紀転換期の様相を探ってみることにしましょう。

まずは相談件数総数の推移を以下に記します。

1996年… 約3,500件
1997年… 約5,000件
1998年…約10,000件
1999年…約13,000件
2000年…約15,000件
2001年…約20,000件
2002年…約25,000件

となります。精神疾患の罹病もしくは,その可能性のある人が急増していることが自明です。次に,躁うつ病に関する「相談件数」の推移を以下にみてみましょう。

1996年… 927件
1997年… 2,457件
1998年… 4,475件
1999年… 6,542件
2000年… 7,816件
2001年…11,194件
2002年…15,071件

というように,劇的な増加が見出せます。さらに,相談件数総数に対する躁うつ病の割合の推移も抑えておきましょう。

1996年…約26%
1997年…約49%
1998年…約45%
1999年…約50%
2000年…約52%
2001年…約56%
2002年…約60%

いかがでしょうか。うつ病に悩む方が絶対的にも相対的にも激増していることが分かりますね。

しかしながら,このようにうつ病患者さんの苦しみは,社会において一つの大きなうねりとなって立ち現れている一方で,保険や福祉制度などの社会的ケアの拡充は,残念ながら立ち遅れているというのが現状です。本稿冒頭以来,何度か申し上げてきましたが,この「受け皿」の整備にあたって,必要とされる原動力は,何よりもまずうつ病に対する社会的認識の向上といえましょう。では,なぜ,依然としてうつ病を奇異なものとして見る目,延いては排除すべきものとして見る目が存在するのでしょうか。最後に,社会がうつ病を認識する契機を社会学的思考のなかに探ってみましょう。

うつ病患者さんが今どれくらいいるのか,またどれくらい増えてきたのか,についてハッキリとした数値は出せないところです。したがって,断片的なデータに基づいて,うつ病の量的把握を試みましょう。

とある報告では,わが国において近年,以下のような状況が見出されるとのことです。

イ…うつ病の発症率はおよそ4%。即ち25人に一人の割合。
ロ…ただし,過去にうつ病歴のある人を含めるとおよそ14~25%。即ち,5~7人に一人の割合。
ハ…うつ病を既往症にもつ人の割合は,男性で7%,女性で19%。なお,アメリカ合衆国の統計では,男性10%,女性25%。

これだけのデータだけからも,二つのことが明らかになりますね。まずひとつめに,発症率自体は比較的低いものの,うつ病歴も考慮すると,発症率が高くなっているということ。このことは,「うつ病になりやすい気質・体質」があるということを表していましょうか。

ふたつめに,うつ病は,男性よりも女性に多く見られるということですね。ここでは,アメリカ合衆国との比較のみに留まりますが,概ね国際的な傾向とみてよいでしょう。このような傾向も加味して医療・福祉サービスが拡充されなければなりませんね。

しかしながら,いまひとつ注意が必要です。これらの数値に用いられる実数は,医療を受けた時点でとられているものです。したがって,暗数,すなわちうつ病に陥っていながらも,病院を訪れていないという人の頭数はここには算入されません。厚生労働省内「地域におけるうつ対策検討会」が平成16年1月に提出した「報告書」においても,「…うつ病の受療状況に特化した全国統計は存在しないし、一方、うつ病の半数以上が医療機関を受診していないと言われ、うつ病の正確な把握は難しいのが現状である」と述べられているとおりです。

さらに,うつ病にかかっているだけでなく,うつ病予備軍(第I節の事例や,[II. 5]の各種症候群をご参照ください。)をも含めると,この暗数は,グラックホールのように実数を呑みこんでしまいかねない規模になると考えられるでしょう。

それでは,少なくとも分かっている実数の領域についてだけでも,歴史的な推移を確認しておきましょう。項を改めます。

本節では最後に,社会において,うつ病が一体どのような位置にあるのかを探ってまいります。まず初めに,患者さんの数などの統計的な把握を試みましょう。歴史的推移にも目を向けたいと思います。次に,社会学的言説にうつ病の位置を突き止めてみたいと思います。

うつ病…怖くない病気です

[はじめに]

この度は,【うつ病】をテーマにお話をします。みなさまは,【うつ病】,と聞いてどのようなイメージを抱かれるでしょうか。何か奇異なもの,延いては社会生活にそぐわないものとお考えの方も多いのではないでしょうか。確かに一昔前までは,「うつ病」は,医学的言説においてさえ非常にネガティブな,扱いにくく,確固たる「輪郭」をもたないものとされてきました。「うつ病は治らない」,であるとか「怠惰」など「個人の資質に帰せられる」といった言説が,医師の側からも発せられていたのは事実です。逆にいえば,このように社会全体が「うつ病」に「神秘性」を付与したことは,患者さん自らが「うつ病」を逆手にとり,自身を「特別な心の弱者」として,殻に閉じ込もってしまうような事態をも引き起こしていたといって過言ではないでしょう。

今この現在において,即ち本稿で問題とされるうつ病は,一昔前の「うつ病」とは異なるもの,延いては名称を変えたほうがよいもの,と筆者は考えます。というのは,普段の社会生活を営むうえで,誰しもが避けられない,「心と体の総合的な失調」が件のうつ病だからです。「うつ病は心の風邪」ともいわれますが,うつ病は,誰もが発症する可能性を秘め,また処置の仕様が確立されている病気なのです。今や,このうつ病は,医学の領域において事細かに「輪郭」が与えられている一途にあります。その一方で,社会的なケアという面では,制度的な枠組みが未だ整っていないというのが現状です。この社会的な受け皿を構築するにあたって必要とされるのは,何よりもまず,うつ病に対する社会的認識の改善です。このことを切に感じ,筆を執った次第です。

本文では,具体的にまず第I節で,うつ病発症の契機となりうるような症状の事例を挙げてまいります。続く第II節では,第I節の事例に即して,医学的に定義されたうつ病の「輪郭」を明示します。近年耳にする「うつ病は治る」という言説はいささか誤謬はあるものの,風邪から糖尿病などにいたるまでの病気と同じように,要は病状の程度に応じて処置の難易如何があるということが明らかになるでしょう。第III節では,実際の治療にあたって,診断から治癒までの経過を,患者さん及び,周囲の方々への注意点とともに整理します。第IV節で問題となるのは,うつ病を巡る医療・社会制度の実態です。家族のために,大切な人のために,うつ病患者さんが積極的に医療を受けることができるような受け皿の拡充が,今後の課題として立ち現れてくるでしょう。この課題を達成するうえで不可欠なのは,何よりも社会全体がうつ病に対して無知であってはならないということです。そこで第V節では,うつ病の社会的認知の促進に向けて,同病(に対する認識)の歴史的背景を探ることとします。

なお,【強迫性障害】は,うつ病とは異なる病気です。こちらについても,うつ病と同様の社会的な対応が迫られている領域ですが,本稿で扱うには紙幅の限界がありますので,言及するには至りません。ただし,今やインターネット上でも多くの情報が蓄積されていますので,是非ご覧頂きたいと思います。